ランド屋太郎

ミャンマーの辺境や日本でランドをしながら感じたことを勝手に書き散らかしています。

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思えばこんなに・・・・(2)

実家から送られてきたダンボールは太郎が撮った写真のアルバムで埋まってた

どこを探してもなかったのにな・・・?
何でお袋が見つけたんだろう・・・・

学生時代の痩身な頃の写真、今では道場で生計を立てている学生時代の道場の仲間の写真、
KNAのマナプローキャンプ、芥子畑、カンボジアでお世話になった文民警官、マレーシア時代の写真、今とはまったく別人のように人相の悪い者もいる、それにしても肥ったな・・・

今までいろんなとこで働いてきたんだなと自分でも忘れていたことを
写真を見て思い出す

でも、日本に帰国して3年たっても何か、この国にいる感じがしないけど
道場に行くといる場所に自分がいる感じになる

昔の道場で取った写真を見ると
道場の生徒数も今の何倍なんだろう・・・・
軽く30名は超えている
稽古がガンガンやっていても生徒数は減らなくて
壮年部や女子部、少年部はほとんど皆無だったな

道場も変わって行ってるんだな・・・・・
道場に再入門してこんなもんが出てくるのも何かの縁

ミャンマーで稽古していた連中も年を取ったらこんな気持ちになるのかな
戻ってこれる場所があるのは幸せだ
続き▽
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思えばこんなに・・・・(1)

ミャンマーを離れてもう3年がたち
仕事もメインはインバウンドになり
ミャンマーに送客するのも正直、ルーインを助けると言うモチベーションで
やっている部分が大きく

どんなもんか、こんな気持ちで続けていいのかな?と
結構、悩んでいた

ミンダに2度行った旅行会社のHさん
2度目は自分で企画して行きミンダの元スタッフから結婚祝いの重い、本当に重い
ビーズを東京まで運んでくれた

この人も物凄くスタッフやルーインのことを褒めてくれてたな

昨日戻ってきたグループの添乗員(この人も社員)も同じことを言っていた
すぐに別のミャンマーの辺境のツアーの企画と予約が来た
随分、気が早いなと思い口に出すと

ミンダにいった人たちがもう次のツアーを頼んできたらしい


開国して行くミャンマーに辺境とか少数民族とか言う切り口を当てるのは
時代遅れと言うかミャンマーの足を引っ張るようで嫌だったけど
こんなに辺境の民に会うのを喜んでくれる人がいるなら

それも動物園に行く感覚でなく楽しんでくれるなら
Sトラベル時代を思い出して
もう少し日本人も相手にするかな?

インバウンドの方が数倍面白いのは変わらないけど
何故か、チンの連中のことを褒められたり
ルーインのことを褒められると
嬉しくなるし(苦笑)

等と考えてたら実家からダンボールが送られてきた
なんだろう?

開けたら思わず声が出てしまった

「オー」
続き▽
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「ああ五十年身に余るワル自伝」

真樹先生が亡くなられたので真樹先生の「ああ五十年身に余るワル自伝」を
一気読み

ところどころにカッコいい文章が目に留まる
先生がお酒を好きだったのは言わずもがなだが

道場で稽古をして終わったら朝まで飲むと言うのは美味いだろうな・・・
まあ、道場で飲む処はほとんどないだろうけど

それにしても、いろんな意味で凄いな
カミサンの他にもこんなこと出来るなんて
それを亡くなったからとはいえ文章にするとは
作家と言うのは自分をさらけ出す商売かと再認識させられる

こんなことを書けるのは真樹先生位かもしれないが

もうこの劇画チックナ文章とあの胴間声が聞けないのは
本当に寂しい

真樹先生とスパーリングをしてみたかったな
酒も飲んでみたかった

何か、この本を書いた真樹先生が亡くなられたなんて今でも信じられない
真樹先生、70歳でどんな稽古をしてたんだろう?

改めてご冥福を祈ります
続き▽
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キンニョンの解放(2)

新聞に解放と言うか釈放と言うか
とにかく自由になって孫と一緒にシュエダゴンパゴダに行くキンニョンの
写真があった

政治活動はしないというコメントもあるが

あの写真の笑顔はどんなもんなんだろう?

今はシャバに出られた幸せを感じているんだろうな・・・・

キンニョンに付いていくと言う事をもう明言している人間もいるという

人望があるんだな
庶民から恐れられてたMIの親分の第2の人生には興味が尽きない

今まで軍閥に繋がるミャンマーのビジネスマンが軍閥の親分の隆盛によって
ビジネスを広げたり停滞したりしてたけど

これからはどうなるんだろう・・・・・
軍閥に変わると言うか、軍閥に擦り寄らなくても商売が出来るなら
それに越したことはない

でも、軍閥の連中だって給料だけじゃ子分の面倒見れないんじゃないかな・・・
どうなるんだろう?

キンニョン見たいな人が、軍と外をつなげるような人が
意外と今まで以上に必要になったりして・・・・・?
「老兵は死なず消え去るのみ」となりえるか・・・・・
続き▽
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キンニュン 解放

先日、ヤンゴンに住んでいた人間で新年会を行なった
その中で何故か新婚が二人もいた
帰国後に結婚した人間も入れると6人の半数が帰国後に結婚

何ででしょう?

ヤンゴン陸上部のNさんが
「このままで開放が進むのかな? どこかで自分の利権は押さえてとかするんじゃないか?
 と思ってしまう」と言ってた

ベトナムにいる28歳若い奥さんを貰ってる竹田遼は
「不謹慎だけどこのまますんなり行くのかね?」と言う

太郎は正直、もう少数民族とか紛争とかは
今のミャンマーの足を引っ張るような感じで止めたい

このブログも日本に足を移したいのですけど
ただ日本からの送客でヤンゴンの事務所の家賃数年分が捻出されてる現状では
それも出来ないし・・・・・

ルーイン、早く一人だちしてくれないかな・・・・

話がそれた・・

昔のヤンゴンに住んでいた人たちは今の政権の開放政策を
喜びながらも・・・?と思ってる部分がどうしてもある

そんな中、あのMIの親玉、キンニョンが開放された
1988年の民主化運動のリーダー、ミン・コーもだ

本当にもうこれ以上はない恩赦だ
もうこれで現政権に対する?も消えました

キンニョン、野党の政治家にでもなるのかな?
ミン・コーはNLDに入るのか?

ビジネスチャンスを求めてミャンマーに行く人が今でも多いのに
これはとんでもない数が行きそうです

よく太郎は「ミャンマーに戻らないのですか?」と尋ねられますけど
皆が行くようになると何故か、素直が取り得なのに

行きたくなくなります(苦笑)

皆が行く時はいかない

今は日本のインバウンドの方が面白いし
今は日本の逆襲が始まっている業界もある

杖を付くようになったらカミサンにミャンマーいいとこだよと
言って老後を住めるようになればいいな

それにしても、長生きするもんです
ミャンマーでこんな日が来るなんて
学生時代にKNUの本拠地マナプローを尋ねてから20数年
夢にも思わなかった

今の大統領、歴史に名を残したら
20年もしたら回顧録でも書いてくれないかな
今から予約したい(笑)
続き▽
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